深夜のレギャン通りでイースから手に入れたもの。

この島の友人であるアグンといつものクラブで1年半ぶりの再会を喜んでいる席に、その男はやって来た。島の男にはしては珍しく、べったりと髪をなでつけたいかにもジゴロなヘアスタイルが目を引いた。イースと名乗る男はアグンの友達らしく、インドネシア語で会話を交わしていた。すぐにどこかへ行くのかと思ったら、いつまでもオレたちのテーブルに座り続け、片言の日本語でしきりとオレたちの会話に入ってこようとする。ヘアスタイル以上に目のくばり方がおかしい。喋り方もろれつが回っていない。「こいつ酔っぱらってるのか?」とアグンに聞くとイースはあんまり酒が飲めないし、いつもこんな風だという。

明日の約束をしてアグンと別れたオレたちは、人通りの少なくなったクタの通りをホテルに向かって歩いていると、後ろから追いついてきた男がいた。イースだ。アグンと話しているときからイースは、オレたちに何かを売りつけようと考えているのは分かっていた。連れとも「葉っぱ」だろうと言っていたのだが、追いついたイースが見せたものは案の定「葉っぱ」だった。シャッターを降ろした街灯の届かない店の前で、イースはオレたちに小さなビニール袋を見せた。5グラムほどの「葉っぱ」を密封したビニール袋に詰めたやつである。

「アナタ、アグンのトモダチ。ワタシ、アグンとトモダチ。ダカラ、ダイジョウブ。安クスルヨ」と言う。連れと顔を見合わせた。ちょっと信用したい気もする。南の楽園へ来た開放感がオレたちの冷静さを溶かし始めていた。値段だけでも聞くことにした。「コレ、上モノ。イツモハ10万ダケド、7万デイイヨ」。日本円にすれば安いものである。再び連れと顔を見合わせる。アグンの友達だし信用するか、ということになった。「5万なら買うよ」とイースに言う。イースは困った表情を見せたが、結局5万ルピアで商談は成立した。イースは1万ルピア札5枚をジーパンのポケットに押し込んで路地の暗闇に消えて行った。
ホテルの部屋に戻ったオレたちは、明るい室内灯の下でビニール袋を見て唖然とした。匂いをかがなくてもすぐに分かった。「やられちゃいましたね」と連れが言う。「やっぱりな」。

色が違う。例え本物だとしても相当に悪いシロモノだ。
翌日アグンと会ったオレたちはイースのことを聞いてみた。「お前の友達なんだろ?」。アグンが言うには、イースとはあのクラブでの顔見知りで、友達というほどの仲ではないといった。ということはオレたちの早とちりだったのか。昨夜の一件をアグンに話すと、「街で売っているのはみんなニセモノ。本物はもっと高いし、ホントに欲しかったらワタシが用意するよ」と言うことだった。「シャレだったんだよ」と言い返したが、アグンは真剣な面もちで何かを考えているようだった。
次の日の朝、ホテルにアグンが現れ「これ」と言って1万ルピア札を3枚差し出した。「何だよ、これ」と聞くと、イースを見つけ出して取り返したのだという。「3万しか持っていなかったから」。

「えっ、どういうこと?」。「イースはワタシの顔を潰した。こんなことを見逃していたらワタシはこの町で暮らしていけないよ。あなた達のためというより、ワタシのためよ」。
どこかで聞いたようなセリフだな。香港映画だったか、あるいは勝新の映画だったか。後日アグンの弟のシスンに聞いたところ、イースはデンパサールの病院に入っているらしい。どうやらオレたちの気のいい友人アグンは、クタでは顔の知れた人物だったのだ。オレは連れと顔を見合わせながら、「これってヤバクないか、アグンってもしかして地元のヤクザってことはないよな」と喋りあった。
当のアグンはそんな素振りを少しも見せないで、ボロボロのワーゲン・コンヴァーティブルでオレたちを迎えに来て、今日もバカ話に花を咲かせるのだった。

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