ウブドの村はずれ、ラプラパンの隠れ家ホテルは驚きの、日本人御用達ホテルだった。

ラヤ・ウブド通りを東に走り、突き当たりの三叉路を右折した直後に左に入る道がある。表通りに面した店と店との間にある幅3メートル足らずの路地のような道だ。アスファルトはそこらじゅうに穴が開き、曲がりくねりながらプタヌ川に向かっている。プタヌ川を渡る橋は、谷底に落ち込む道が大きく右折れしたところにある。橋を渡るとふたたび道は天にでも登るがごとく急上昇し、一息ついたところで右と左に別れる。右へ行くとサラで、左に道を取るとラプラパンだ。 ラプラパンの村はひっそりとした森の中にある小さな集落だ。村の中ほど左手に、車一台やっと通れるほどの路地がある。どう見ても村人たちの生活路地としか思えないが、その突き当たりに目指すホテルはあった。プタヌ川渓谷の鬱蒼とした森の斜面に建てられたヴィラ形式のこのホテルは「隠れ家」と呼ぶに相応しいロケーションを持ち、部屋からは熱帯特有の原生林と遥か眼下には急峻な川の流れが楽しめた。ホテルのオーナーはイギリス人なのだが、ホテル全体、どこかしら侘び寂びに通じる静寂な世界をつくりだしていた。オフシーズンに向かおうとしている時期だけに、宿泊客も多くはなさそうだった。

フロントのある東屋のような小さな建物から、渓谷に向かって屋根付きの廊下が続いている。ホテルスタッフに案内されて部屋に向かっていると、妖しい光が夜空を覆った。すざまじい音の雷が鳴り出し、すぐさま大粒の雨が廊下の屋根と黒い森をたたき始めた。到着第一日目の夜、旅はドラマチックに始まった。

次の朝、朝食のためにホテルのメインダイニングに向かった。ダイニングは渓谷に突き出すように築きあげられた石積みの上に造られ、そこから眺める熱帯雨林は晴れた日はもちろん、雨の日でも心に沁み入るほどに美しい。「グッ、モーニング!」。スタッフのさわやかなあいさつの中を次々と宿泊客がダイニングに入ってくる。少ないと思っていた宿泊客だったが、ほぼ満席になったテーブルから話し声が聞こえてくる。今日一日の予定を話し合っているのだろうか、にぎやかな朝の始まりだ。耳を澄ますと、「おやっ?」、どの会話も理解できるではないか。右手のテーブルからは九州訛りの会話が、斜後ろの席からは聞き慣れた関西訛りの会話が…。振り返りながらダイニングを見渡すと、プチブルを気取る日本人にちょうどいい中途半端な豪華さが、このホテルにはあるのだろう、そこはまるで日本のレストランの趣き。わざわざ赤道を超えてやって来たところは、アジアン・フェアで盛り上がるファミレスそのものだった。

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