クタのビーチに寝っ転がっていると、次から次へと物売りが近づいてくる。日本語の上手くないヤツは、顔の前にぬっと商品を突き出して「コレ安イヨ、千円!」とだけ言う。この手合いは「木彫り」「オウム貝」「サングラス」の売り子が多く、パイナップルやマンゴーなどの果物売りの女も、それに近い。「腕時計」の物売りはさらに大胆で、すれ違いざまに腕時計の並んだカバンをぱっと開けて見せる。歩いているときは、後ろから追い越してきて振り向きざまにそれをやる。これまでに、そんな売り方で時計を買う客がいたのだろうか。
少し日本語ができる物売りは、日本人と見たら「逃がしてたまるか」的セールストークを始める。「アナタ、これ安い。チョット見るだけ」「アナタ、どこから来ましたか。大阪?大阪弁むつかしいヨ、アキマヘンワ」。黙っていても言葉を返してもさらにセールストークは続く。「アナタ、これ買う。バティック安いヨ!ダメ?じゃあコレハ、マヨケ」と木彫りのキーホルダーを見せる。よく見るとどうやら「魔除け」らしい。「ニッポンジン、みんなコレ買って帰るヨ。何個イルカ?」となる。暑さしのぎに会話を楽しんでいるだけのようにも思えるのだが、顔つきはけっこうマジなのだ。
だから彼らなりの判断があって、ある瞬間に客を見切ってしまう。唐突に背中を見せて次の客に向かうのだ。
こちらも暇だから、もう少し楽しみたいときもあるのだが、さっさと行ってしまう。取り残されたようで少し淋しい。
物売りでもないのに、ビーチでたむろしている若者は総じて日本語が上手い。そして以外とジャワから出稼ぎに来ている男が多いのだ。しかも大抵の若者が「スラバヤから来ました」と言う。
「アナタ、どこから来ましたか?いつバリへ着きましたか?どこ泊まってますか?」。
マシンガンのように聞いてくる。思いっきりイヤな顔をするのだが、のれんに腕押しとはこのことを言うのだろう、ひるむ素振りも見せずに「アナタ、オンナは好きですか」「サヌール行きましたか」「タイマ、吸いますか」「モシ、アナタ、オンナ嫌いなら、バリのオカマすごくキレイ。アナタ、オカマ好きですか」。半日で最低3回はこんな目に遭う。それでも会話を続けていると、名前を名乗り合ったり、おかしなインドネシア語を教えてくれたりする。ちょっとした友情が芽生えたような気分だ。とはいえ、いつまでも会話は続かない。
すると「ワタシ、用事あります。マタ会いましょう」と腰を上げる。遠ざかる後ろ姿を目で追うと、大抵その先には日本人の女たちが寝そべっているのだ。「お元気ですか?どこ泊まってますか?アナタ、かわいいネ」。女たちは最初は警戒するものの、いつの間にか笑い合っていたりする。何というお手軽さ。カタコトの日本語で、徹底的な誉め殺し。お見事、お見事。そんなおバカな光景を見るためにこの島までやって来たのかと思うと、ちょっと悲しい。