ワタシは砂浜の木陰に置かれたビーチベッドに横になって、船戸与一の力作「虹の谷の五月」を読み続けた。岬を回り込むように吹いてくる風が頭上の葉を揺らし、海は満潮に向かって静かに水面を押し上げていた。波の音が乾いた砂の上を這い上がって、ワタシの耳に心地いい。砂浜から一段上がった芝生には、その日も無人のビーチベッドが並び、セットされたパラソルはベッドの上に丸い影を落としていた。
実に静かな時間だ。今日で3日、同じビーチベッドに横たわり、本を読んだ。時折、沖を通る漁船にカメラを向け、望遠レンズで漁に出かける男たちの姿を追った。
ずんぐりとしたスタイルがユーモラスなフェリーや、赤錆だらけの貨物船が濁ったディーゼル音を響かせながら沖を走った。
いつもの旅ではない、けだるいような、でも芳醇な大人の時間を全身で感じていた。かなり満足できるシチュエーションである。
できるなら俯瞰の位置からこの状況を映像にでも残しておきたいものだ。が、けだるさの実態は、風邪で多少熱が出ているせいだった。「芳醇な大人の時間」は、暑さと熱による朦朧とした肉体的状況によるものだったのだ。
それにしても、何よりこんな静かで人気のない「ビーチ独り占め状態」をつくりだしてくれたのは、圧倒的に少ない宿泊客と、少ないながらも多数を占める日本人客の「どんなにいいホテルに泊まろうと朝から観光へ出かけます、買い物します」の出たがり性分のお陰であることは間違いない。ああ感謝。
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