散歩の途中、階段の向こうに見える朱色の社殿が気にはなっていた。日が暮れてからはライトアップもされている。時折、参詣する人の姿も見受けられる。いつかは中に入ってみたいと思っていた場所だ。
色鮮やかな社殿を仰ぎ見ながら階段を上がる。想像していたほど広い場所ではなかった。社殿の右手に目を向けると巨大な家形埴輪があった。その前には豊臣秀頼の像が立つ。何の関連性があるのだろうか。おそらくは、スペースの関係でたまたま近くに設置されたのだろう。それにしてもこの配置はおかしくないか。時代の関連性がまるでない。で、不可思議なのがこの家形埴輪である。もちろん土をこねて造ったものではなくコンクリート製だ。

なぜこの大きさなんだろう。再現された縄文集落の縦穴住居のごとく、人の入れる大きさの埴輪って…。実はこの埴輪形の建造物は資料館だった。玉造の語源ともなっている勾玉を作った工房跡が由緒となっているらしいが、何も埴輪形にしなくてもと思うのは私だけではないだろう。あまりにも周囲との違和感は否めない。
左に視線をずらすと、薄暗い木陰にさらに妙なものがあった。寸足らずの鳥居だ。下3分の2は地中に埋まっているのだろうか。くぐれないし、場所的にも不可解だ。本来鳥居のある場所とは思えない敷地の隅にある。明らかに何かの意図を持ってこの場所に移したと考えられる。何のために…。
後日、気になったのでネットで調べてみると、玉造稲荷と関係の深かった豊臣秀頼が寄進した鳥居だそうだ。しかし、どこにも「寸足らず」の理由の記述はなかった。
ま、歴史のある稲荷社とはいえ、時代の変遷の中で、信仰とは関係のない「人を呼びたい」の想いが募るあまり、いつか探偵ナイトスクープで言うところの、パラダイスな施設になって行ったのかも知れない。

TATSUYA KYOSAKI PRESENTS

Prev.

Next

Copyright(c)2013 TATSUYA KYOSAKI
Produced by BASIC INC. All rights reserved