日本橋の電気屋街をただひたすら南に向かう。恵美須町の交差点を越え、阪堺軌道の路面電車を横目にしながらさらに進む。JRの高架くぐると、その向こうは西成、名高き釜が崎地区である。行き交う男たちの風体が、これまでとは明らかに違う。さて、このまま進んだものかと高架を前に立ち止まった。そして何げに振り返ると、この景色があった。真っ青な空をバックに通天閣がそびえ立っていた。
いま、この場所に立っても通天閣は見えない。市バスの一時的な露天車庫だったこの場所には、この後すぐに巨大なアミューズメント施設が建てられた。シネマ、グルメ、ショッピングに加えてジェットコースターまで楽しめる施設だ。大阪市の役人達が無謀な金儲けに走ったのか、はたまた地元の陳情に抗しきれなくなったのか、とにかく「新世界」が、再び栄光の新世界になるための希望の施設として建てられたのだった。
やがて、その施設は地元の期待とは裏腹に巨額の赤字を出し続け、わずか10年余りで閉鎖に追いやられた。そして、赤字を少しでも軽減するために土地は売られ、豪勢な建造物は再利用ができなかったのか、無念にも壊されることとなった。何という無駄なことを…。

で、今はパチンコ店になっている。おなじアミューズメントつながりで一件落着なのだろう。
見上げなくても青空が目の前にあった。新世界付近ではどこからでも通天閣が見えた。青空にすっくと立つ通天閣はもう二度と目にすることはできない。この写真はそんな哀しい風景なのだ。
そんな私の感傷など関係なく、新今宮駅近くの交差点では、一人の男が交差点を渡ろうとしていた。もちろん横断歩道の上だが、信号は青ではなかった。死ぬ気なのか思った。場所柄か大型トラックも多く、クルマは一斉にクラクションを鳴らした。それでも立ち止まることはなかった。今すぐ渡りたいのだ。かなり酔っているようで、足元はふらついていた。クルマはクラクションを鳴らしながらも男が渡り終えるのを待った。この辺りはそんな町でもあった。

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